鹿角のいいこと

鹿角でシカ、会えない人⇒ ベリーズファクトリー田中英夫(たなかひでお)さん(69歳)

鹿角でシカ、会えない人⇒ ベリーズファクトリー田中英夫(たなかひでお)さん(69歳)

「急ですが、これから向かっていいですか?」

 

日も落ちかけた夕方、急遽向かうことになり、十和田方面へ車を走らせた。
例年に比べると雪の量は少ないとはいえ、12月の鹿角はもちろん雪景色。この時間帯になると空の色も降り積もった雪の色も同化して、一面ホワイトグレーの景色になる。

 

「小高い丘の上にある」という情報とナビの画面を頼りにたどり着いたのは「ベリーズファクトリー桜美庵」の田中さんの自宅。その「小高い丘」からわざわざ車道まで降りてきてくれた田中さんは「畑をご案内しますよ」と、自宅の裏手を案内してくれた。もちろん、収穫時期が過ぎた木苺の畑は一面雪で覆われていて、その中から少しだけ顔を出した木苺の枝は茶色くなっている。

 

「収穫は6月から11月の初めころまでですね。約1ヶ月ほど前までは収穫していました」と説明してくれた。秋田県内では木苺の産地がすでに3つあり、この鹿角は4番目の産地だ。自宅の敷地を畑にして、毎年少しずつ栽培面積を増やしてきたという。現在は田中さんの畑で、だいたい5,000株くらいを作付けしている。
鹿角での木苺の栽培は、田中さんが始めた。その木苺を使い、加工品の製造も行っている。なかでも注目された商品が「木苺とりんごの無垢果汁」だ。

 

tanaka_Aシャンパングラスに注がれたルビー色に輝くジュース。水を加えず、りんご果汁を加えたことで酸味が和らぎつつも、木苺の爽やかさが引き立つ。

 

田中さんは鹿角市出身。現在は自宅で一人暮らしだ。もともとはレストランやホテルなどで調理師として勤めていたが、定年を迎えて引退。引退後、自ら起業して仕出し業と菜園を始めた。

 

「なにかやりたいなと思って、60歳から始めたんです。木苺の栽培はもちろん、経験がなかったんですが、自分の菜園で植えてみました。鹿角の気候に合っていたんでしょうね。育ててみて、その味わいにびっくりしたんです。
せっかくだから、この木苺を使った商品を作って、鹿角の魅力を全国に発信したいと思いました。それで、いろいろと試行錯誤してジュースを作ったんです。
初めは木苺果汁に水を加えたりしてみたんですが、どうしても木苺の酸っぱさが目立ってしまう。それに砂糖を加えるのは嫌だったんです。なにか鹿角の良さを伝えられるものはないかと考えて、りんごジュースを加えてみました。すると、酸味が緩和されて、りんごの甘味との相性も良かった。一切水も砂糖も加えることなく、果汁のおいしさを感じられるジュースを作ることができました」。

 

当初は田中さんだけが木苺の栽培を行っていたが、鹿角市の農家に協力をお願いし、栽培農家が増えてきた。
「木苺の収量に限りがあったので、1,000本限定での生産になっていますが、今後は生産農家を増やして、もっと増産していきたいと思っています」。

 

 

 パッケージにこだわることで、付加価値が生まれた。

tanaka_Bまるでワインボトルのような高級感を生み出すパッケージデザイン。アルコールの飲めない人向けの需要があるという。

 

木苺とりんごの無垢果汁「JUS DE FRAMBOISE ET DE POMME」と書かれたまるでワインボトルのようなデザイン。黒い瓶に鮮やかなピンク色で描かれた木苺の絵柄がアクセントになっている。
「瓶のデザインはあえて高級感を演出してもらいました。ワインのような雰囲気を持たせ、箱も木箱に入れています。それによって、レストランなどでの需要も増えてきました。今、もっと高級なラインを提案してほしいというお話もあって、より一層洗練されたデザインの瓶を作ることになっています。引き合いがあるのは本当に嬉しい。60歳超えてから始めた事業ですから、私としては時間がない(笑)。今、始めて3年くらいですが、もっとスピード感を持って進めたいと思っています。のんびりしてたら、できなくなっちゃうからね(笑)」。

 

 

鹿角の魅力を知ってほしい。商談するのは楽しいです。

tanaka_C製造することも販売することも、田中さんにとっては新しい試み。「もう長くないから急がなくちゃ」と笑顔で話す姿が印象的だった。まだまだ元気いっぱい、この先も鹿角の魅力を売り込むべく、首都圏を中心に販路拡大を目指す。

 

いま田中さんは、東京を中心に「木苺とりんごのジュース」を売り出そうとセールス活動を展開している。さまざまな出会いや繋がりで、徐々に新たな販路を開拓している最中だ。

 

「これまで経験のないことですから、緊張したりもしますよ。すごくおしゃれで素敵なレストランの料理長に呼ばれたりもします。でも、新しいことをするのはとても楽しい。いま、売ることがすごく楽しいです」と、笑顔を見せてくれた。

 

ひとつひとつ手作業で摘み取られた木苺のおいしさを伝えたい。そのために行き着いたのは、鹿角では新参者である「木苺」という特産物と、古くからある特産物である「りんご」のマリアージュ。定年を迎えてから「何かを始めたい!」と新たなことに挑み続ける田中さんには、驚くほどの純粋さと、純粋だからこそ持ち合わせる「野心」、そして積極的な姿勢がある。そんな田中さんだからこそ「木苺」と「りんご」の組み合わせにたどり着いたのだろうし、ワインボトルを模したボトルデザインにたどり着いたのだろう。これからの展開に、また驚かされそうな予感がする。

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